2005/05/11

自虐的歴史観と愛国心

GWから、わたくしは再び嫌韓ブームの真っ只中におります。朝鮮人たちの精神的劣悪ぶりを知るたびに、あきれ返ってしまう昨今のわたくしでございます。
数日前までは「朝鮮人はどうやっても劣等な民族のままだ。仲良くする必要などない」と思っていましたが、昨日今日あたりに考えが変わり始めています。「いつか朝鮮人たちは、いままで自分たちが行ってきた愚行をはたと振り返り反省する日がくるような気がする」という考えです。まぁ果てしなく希望的観測なのが悲しいところですが……。
おそらく日韓併合を決断した当時の日本人たちも、同じような思いだったのでしょう。「いつか、朝鮮人だって気づくはずだ」と。

↓嫌韓参考サイト
http://nandakorea.sakura.ne.jp/frame.html

今日の本題はそこではなく、日本の近代史についてです。韓国のバカっぷりを調べていく過程で、旧日本軍についての資料も同時に目を通すことになりました。
そこで分かったことは、今日本人が抱いている「旧日本軍は朝鮮半島やアジアの国々でひどいことをしたんだなぁ」という歴史観は、かなり現実とはかけ離れた自虐的歴史観だということです。


「日本は確かに攻め込んだが、悪い点だけでなく、むしろ良い点のほうが多かった」や、「アメリカがWW2に参戦するための理由付けとして日本は利用された。アメリカがあれほどひどく日本を挑発しなければ、太平洋戦争は起こらなかっただろう」といった視点が、どうも日本、中国、韓国以外の国では一般的なようです。

そして自虐的な歴史観を持っているのは、ドイツも同様らしいです。日本でも日の丸掲揚問題などと騒がれておりますが、ドイツでも今の国旗を掲揚するだけで「なんだアイツは、ネオナチか」的な視線を浴びるそうです。まぁW杯とかのときは別なんでしょうけど。
この「自虐的歴史観」つまり「うちらの先祖が絶対悪で、それ以外のすべての人はまきこまれた可哀想な人々」という視点は、はっきりいって間違っていると思うわけです。ドイツも日本も間違ってる。もはや狂っているという表現が近いでしょう。

どちらかが絶対善ということが無いのと同様に、どちらかが絶対悪ということも無いのです。ドイツの事情が詳しく書いてあるページを読んでいないのでしりませんが、こと日本に関しては「日本だって被害者である」という側面が強いと思います。
こういうことを言うと、戦後の極左自虐史教育を信じ込んでいる人々に嫌われるかもしれませんが。日本だって、攻めたくて攻めたわけじゃないんです。誰が好き好んで10倍の国力を有する国に喧嘩売りますか。
日本は、欧米植民地主義国家からの圧力に屈する形で開戦せざるをえなかった、という認識が正しいのだと思います。そして「軍部の暴走」などといわれますが、おそらくそれはあったでしょう。しかし、暴走したのは開戦した後であると思います。

日清戦争に勝ち、日露戦争にも一応勝っているという歴史的背景がまずあります。そして真珠湾攻撃の想像以上の成功。破竹の勢いで東南アジアに巣食う欧米列強の軍隊を蹴散らし……軍部が勘違いする気もやや分かります。また軍部の発言力が強くなっていくのも想像に難くありません。
国としては講和の道を必死に模索していたのだと思いますが、結局講和できず、国力の限界と伸びきった戦線を維持できずに徐々に日本軍は縮退していくわけです。そこは、日本軍の戦略が大いに誤りだった点です。恥じるべきは、講和ができなかったことでしょう。しかし太平洋戦争を開戦したこと、東南アジアを侵略したことは、反省する点を含みつつも恥じる必要は無いと思われます。日本にとって、選択肢はそれしかなかったと言っても過言ではないからです。

現代で、日本では「愛国心」という言葉は半ばタブーのように扱われています。しかし、戦地に散った日本兵、特攻隊として出撃した兵士の気持ちを考えると、この「愛国心」がないがしろにされている現代は、悲しい時代なのだなと感じます。
彼ら英霊を敬い、尊び、国のために全国民が戦ったあの悲しい戦争を忘れず胸にとどめておくことは悪いことではないはずです。国のために戦ってくれた彼らを敬うこと、これは「愛国心」に他ならないのではないでしょうか。
日本人は少し、日本の歴史を学び、日本という国がいかに素晴らしかったかを知り、国を多少は愛するべきだと思います。

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