【★5】アニメ「攻殻機動隊 standalone complex 2nd GIG」~難民問題は現代へのアンチテーゼ【感想】

2005/07/21

★5 映画ドラマ批評

昨日の深夜、攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG(以下、2nd GIG)の、ラスト4話を見た。2nd GIGのメインテーマは「難民問題」。1stは、メインテーマ「笑い男事件」から転ずる「個別主義群像」ともいうべき精神世界を描いており、2nd GIGもコンセプトは重なる部分が多い。
しかし、2nd GIGの方がより現代的というか、我々にとって想像しやすいテーマを用いている分、より親近感が沸く。いや、難民に親近感が沸くわけではないが。
というわけで、今日は2nd GIGを見た感想、もちろんネタバレを大いに含む。


まず最初に言わせて欲しい。
最終話を見たとき、それより手前のテーマはすべて頭の中から吹き飛ぶ程泣いた。なにに、って、そりゃタチコマの自己犠牲に決まってる!
「最後に残った衛星には、僕らのAI本体が収められてるみたいだ」
というところから、もちろんオチは分かっていた。こんなネタを振っておいて、自己犠牲しないストーリーがこの世にあるのならお目にかかりたい。
しかし、オチが読めていても泣いた。分かりきっているのに!

「手のひらを太陽に」を歌うAI。これは皮肉な状態であるはずだ。歌詞には「僕らはみんな生きている、生きているから歌うんだ」とある。しかしAIは「生きて」いるわけではない。歌うという行動はプログラムの動作により行うことができるが、歌詞の意味が分かっているわけではない。
そこには、本来は「感情」がないハズだから。
しかし、タチコマはAIであるにもかかわらず、人間の命令に背き、どうしたら人の命を救えるかを考えた結果、自己犠牲という結論を導きだした。
そして、その行動を行うときに選んだテーマソングが、手のひらを太陽に、だったのだ。
これはどう見ても感情があるからその曲をチョイスしたのだと考えたくなる。

1stの最後に、バトーの命を救うために自分もろとも敵を爆破したタチコマがいた。これは主人を守るための行動ということで、ある程度納得できる(しかし泣いたけどね)。
2nd GIGの自己犠牲については、人の命令に背いてまでもタチコマ達が導き出した結論だ。これはプログラム、AIという範疇を超えていると思う。そこに僕は強く感動を覚えた。
結局「タチコマちゃんは優秀なAIだったので最後にゴーストを手にすることができました。チャンチャン」の単純なストーリーではないかと言われたらグーの音も出ないのだが、なんと言うかだね、そういう野暮なあらすじだけでは語れない何かがあると思うのだ、僕は。
「ミミズだって、オケラだって、アメンボだって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ」
という歌詞を、もっとも泣ける方法で利用していると思う。そして、大変陳腐で恐縮だが「タチコマも生きているんだ」と思ったわけである。ベタで申し訳ないが。
なんというか、死ぬ間際のタチコマに、生きることへの渇望、しかしそれは満たされず残念である様が見てとれ、実に泣けた。
だって、わざわざ通信でこの歌流すぐらいだからさ、自分達の葛藤も含めて知って欲しかったんでしょう。
実に、けなげで不憫だ。

というわけでタチコマの話だけで終わってしまう勢いである。
難民問題をテーマに据えているので、これは「簡単に解決できない問題」である。あまり後味よくまとめることはできないと思うのだが、その割りにきれいにまとまっていた。とても良い締め方だと思う。
ただ、クゼがちょっとスーパーマンすぎたとは思う。
あと、最後死んでたのってクゼ? よくわかんなかった。ま、クゼ以外いないか。でも口動いてたしなぁ。影武者?

というわけで、2nd GIGはかなりよかったですわ。タチコマ最高。

2019/01/30 追記
  • ほし: ★★★★★ (5/5)

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