2009/05/04

忌野清志郎逝去

忌野清志郎が死んだそうで。
正直、忌野清志郎にはなんの思い入れもない。けど、こういうときにいつも思うのが「なぜファンが泣くのか」ということ。
俺はこういう「悲しんでいるあたしを見て症候群」的な病状を見るのが大嫌い。
ほら、HIDEの時もそうだったじゃん。尾崎豊のときもそうだったじゃん。
なんなの、ああいうヤツラ。
確かにね、尊敬する人物が死んだら悲しいよ。俺もそう思うけど、そういうときに最初に出てくる感情は「もったいないなぁ」なんだよなー。競走馬のライスシャワーが死んだ時もサイレンススズカが死んだ時も、種牡馬としてエルコンドルパサーが死んだ時もナリタトップロードが死んだ時も「もったいないなぁ」と思った。馬と人を一緒にすんなよというだろうけど。
今一番尊敬する人物といえば、誰だろうな。野村監督かな。
野村監督が死んだら、それはそれは悲しいよ。もったいないとも思う。けど、俺は別に泣いたりしない。
タモリが死んだら、ものすごく悲しいけど、やっぱり泣かない。

そもそも人が死んでファンが泣く構図って、いつもミュージシャンだよな。
なんだろうね、ミュージシャンが死んで悲しむのは何かしらカッコイイのかね。「俺はこいつの音楽が魂だったんだ」的な?
俺の魂を失った、みたいなコト? なに、そんなに精神的に大きな部分を担ってたわけ? シャーマン的なことなんかね。呪術的というかなんというか……。
ミュージシャンとして生きていくという行為そのものに憧憬を抱いているということもあるのかな。そのミュージシャンに自己を投影して、投影先が失われたから自己喪失、結果として行く当ての無い自己を支えるための落涙、ということなのか。
「できることなら、俺もこんな自由な生き方がしてみたい」
みたいな。

まぁ万人に同意を得ようと思って言ってるわけじゃないけど、共感を得ることができればいいなと思うわけで。
ぜひ今後は有名人が死んでも泣かないようにしていただきたい。


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